
동방박사의 경배
絵の中央に、長い髪の男が立っています。
華やかな衣装。
宝石の装飾。
そして、どこか自信に満ちた表情まで。
一見すると東方の三博士の一人のようですが、
実はこの絵の画家その人でした。
アルブレヒト・デューラー自身です。
ドイツの画家がイタリアと出会うとき
この作品は、デューラーが初めてのイタリア旅行から帰国したのちに描いた《東方三博士の礼拝》です。
それゆえ絵を見ると、北ヨーロッパの伝統の上にイタリア・ルネサンスが自然に溶け込んでいます。
背景に連なる巨大な岩山はイタリア・パドヴァ出身の画家アンドレア・マンテーニャを想起させ、
澄んで鮮やかな色彩はジョヴァンニ・ベッリーニのようなヴェネツィア派画家たちの影響を受けています。
とりわけ、遠くに見える崩れかけたアーチ門に目を向けてください。
ルネサンスの画家たちは朽ちたローマ建築をよく描きましたが、
それは「キリストの誕生とともに、古い異教の世界が終わった」という象徴でした。
そのためこの絵は、一見すると北ヨーロッパの作品ではなく、イタリア・ルネサンス絵画のように感じられるほどです。
近づくほど、デューラーらしい絵
しかし近づいてみると、北ヨーロッパの画家ならではの細密な描写が息づいています。
右下の階段の上に描かれたクワガタムシはキリストの犠牲を意味し、
聖母の傍らにある古い臼には蟻と蝶が描かれています。
命と復活の象徴です。
そして聖母の足元の小さな石には、制作年の1504年とデューラーのサイン「A.D」が刻まれています。
デューラーは、こうした細部のひとつひとつにまで象徴を込めた画家でした。
結局、絵の中でもっとも華やかな人物
興味深いのは、やはりデューラー自身の姿です。
ほかの東方の三博士よりもはるかに華やかな衣装をまとっています。
宝石や貴金属の装飾もとりわけ多い。
実際デューラーは、華麗な衣装と自己演出をことのほか好んだことで知られる人物です。
そして彼は単なる画家の枠を超え、
版画や美術理論の領域にまで活動を広げ、ヨーロッパ全土にその名を轟かせた最初の国際的芸術家の一人となります。
デューラーはすでに知っていたのかもしれません。
優れた絵を描くことと同じくらい、
自分自身をひとつのブランドとして後世に刻むことも重要だという事実を。



